ブログを開設した理由 ー私の場合ー

 

私は超がつくほどのIT音痴です。今日はそんな私がブログという場違いな世界に飛び込んでいった理由をユーモア抜きで背筋を伸ばして書いてみたいと思います。

 

ブログを開設しようとする人の大半はブログ仲間とコミュニケーションワールドを作りたいとか、趣味や考え方を同じくするブロガーとブログを通して興味を共有したいとか、調べ上げた貴重な知識や情報をブログ訪問者に披露したいとか、どちらかというと開放的で友好的な意図があっての上だと思います。

ですが私の動機はちょっと変わっていました。ブログを「名刺代わり」に活用したいという、唯一それだけの理由でブログ開設に踏み切ったのですから。  

というのも、素顔の私はどちらかというと日本人の間では多数派の考え方からハミ出した(率直に言えば)「変わり者」だったこと。響きの好い言葉で言えば「個性的な人間」と言えるでしょうか。 

「和」が求められる日本社会では個性的な人間は疎んじられる傾向にありますが、私が住んでいるスイスでは尊重されますし、また幼児期の頃からそのように育てられます。どちらが正しいかと問われたら、私はどちらも正しいと答えるでしょう。ただし、これを論じ始めたら1冊の本になるくらい長大なテーマになりますので、ここではこれ以上触れません。

実は私は自分のことを口下手だと認めている人間なのです。しかしこれは人との会話が苦手という意味ではありません。私は気性がとってもフレンドリーなもんですから、誰とでも気軽に会話ができます。

問題は会話中に議論になって意見が衝突したりしたときに、この「口下手」が発動されることです。先に書いたように考え方が多数派の基準とは少しズレていますので、私が異を唱えれば相手を傷つけてしまうんじゃないかと相手に気を遣い過ぎるがゆえに、舌が委縮し縺れて言葉が出てこなくなってしまうのです。

一つの例です。スイスの日本人社会で出会った男性に、気づいてほしいと親切のつもりでアドバイスをしたところ、えらい剣幕で「上から目線だ!」と怒鳴られてしまったことがあります。

怒鳴らずにはいられない人は(たいてい)自分自身にコンプレックスを抱え込んでいるか、或いは自分に自信があり過ぎる人かのどちらかだと或る専門家が解説していたのを読んだことがあります。ほぼ同感です。

が、しかしコンプレックスで固まっている人を納得させられるだけの饒舌さなど私は持ち合わせていません。こういう場面にでも落ち着いて広い心で相手を傷つけることなく説得できる人っているんですよね。素敵だなと思います。憧れます。

実は私も昔はコンプレックスだらけの人間だったんです。でも、多数派の人と違うところは、間違いを教えてくれた人にはポジな気持ちを抱ける人間だったことです。だって指摘してもらったことによって、私がそれまで思いつきもしなかった考え方や、或いはそれまで気付けていなかった未知の自分自身に出会えるんですよ! 得した!!と目の前が明るくなりません? 

‥‥云々と誰かに問いかけたくなるほど私には発想が独特なところがあるため、本音の部分で語るとなかなか他者(ひと)に理解してもらえないことが多かったのです。フレンドリーな人間でありながら肝心なところで失語症に陥ってしまう私が、結局考えついたのが書くことを通して自己主張の場を設けることでした。それがブログ開設の発端だったのです。

で、ブログを開設してどうだったかと言いますと‥‥。結論です。

ブログを開設して10年以上になりますけれど、「名刺代わり」で始めたブログはすぐに暗礁に乗り上げてしまいました。

原因はいくつかありますが、その中でも最大のものは前回の記事にもその全容(いや、そこまではいかないかな。半容?)を書きましたが、私自身が「ブログ依存症」になってしまったことです。

ブログってこんなに面白いものだったの?!と、雨の日も風の日も浮かれたようにヨタ話を中心に頻繁に(殆ど毎日だったことも)ブログを更新していたのです。

それはそれで愉しいし私に幸せな気分を味あわせてくれたのですから一向に構わないのですが、その代わり最初の目的は見事に頓挫してしまいました。

「ブログは多種多様な使い道があるし続けたい。けど、自分の人生がこのまま永遠に続くわけではないのだから、初心にもどって、もう一度冷静に考えてみようじゃないの」

そう自分を戒めて、今から2年前の9月に「FC2」と並行して「はてなブログ」にもブログを開設したのです。が、また躓きました。

躓いた原因は今回は「ブログ依存症」のせいではありません。私のIT音痴にありました。

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この続きは後日にしたいと思います。

(日本の家族のみんなへ

先週は車窓の旅ができるまでに回復しました♬ もちろん夫に付き添ってもらってですけど。 今週は水曜日からお天気が下り坂になるらしいので、まだ夏の名残りの陽光が降り注いでいるうちに、明日また旅に出ます♬

 


スイスではまだ14日の午後5時過ぎなんですが、あ~あ、もたもたしているうちに日本の日付が変わってしまいました。さっ、夫に手伝ってもらって夕食の準備でもするかな。

 

ブログ依存症になるのも悪くない (^^;

遅くなりました。コメント欄で気を遣ってくださったCさん、そのコメントを星のマークで応援して下さったMさんKさん、有難うございました。人の情に触れた時に心の中を吹き抜けて行く微風って、ホント、心地ちいいもんですね(って、そんな大層な話じゃないんですけど)。(^^;

さて、それはこっちに置いとくとして、私は下に引用したCさんの「あったかい言葉」に、思いっきり後ろ髪を引かれて「ままま」とコメント返しをさせてもらったわけですが、実は、これ☟誤解なんです。 と言いますか、幸か不幸か私にはあてはまらないのです。(^^;

【営業力とかそんなものいらねーやみたいな(‥‥略)そんなこと気にする必要ないのに(‥‥略)】

こんな風に解釈されるとは予想していなかったもんですから、何が誤解に繋がったのか俄然、興味が湧いてきました。で、例の記事「旧友から届いた『ビンタ』メール」を再読してみたのですが‥‥、分かりました! 私の舌足らずな書き方に問題があったのですね。私があの記事を書いた真意が十分に伝わらなかったのも当然かなと思います。まだまだ修業が足りない(苦笑)。

でも、たいていの人は思うでしょうね。誤解があったにしろ、わざわざ一つの記事にするほどのことではないだろうに‥‥と。 いえいえ、私にとってはこれ、掘り下げたくてムズムズするほど面白い課題なんです。なので「ままま」で身を乗り出したわけなんですが‥‥。(^^; 

私があのエッセイの中で、(特にブログを開設したことのない人たちのために)言いたかったことはこうなんです。「ブロガーは自遊業なもんで、読者を獲得したければ、こんなに沢山の作業をこなしていかなければいけないんですよ」というブログ作成の一般的な現実を、分かり易くするために私が仕事として書いていたときの流れと比較しながら遊んでみたわけなんです。

裏話しで恐縮ですが、友だちからブロークンジャパニーズを指摘されたときには、こりゃ、少しユーモアを加えれば私好みのエッセイのネタになるぞ♬って、頭の中には光が射し込むんできたほどです。(^^; 

ただ、エッセイにしろエッセイ擬きにしろ、読む人には簡単に書いているように見えるかもしれませんが、いつもいつもそう都合よくは行きません。曲がりなりにも起承転結を組み立てて(私の場合ですけど⇒)更に軽いユーモアをそこに編み込んで行くとなると、どうしてもひと捻りも二捻りも余計な力を加えて工夫を凝らさないことには面白い内容にはなりません。

で、時には頭を抱えて唸りながら書くわけですが、ドッコイ、その唸る過程がまた私には実に愉しいのです(ですからブログはやめられない。ほぼ依存症 笑)。

 

ここでヒョイと思いついたことが!

「はてなブログ」を開設してまだ2本目にあたる投稿だったのですが、プロフィールのような記事を書いて公開したことがありました。そもそもプロフィール程度の記事なら簡単な説明文だけで紹介すればいいものを、私はそれじゃ飽き足りなくて軽いユーモアを振りかけてエッセイ風に仕立て上げて書いてみたのです。

もちろん、訪れてくださった人に私を知ってもらいたいという意図もありましたけれど、しかしそれ以上に気持ちが動いたのは、書くことそのものを愉しみたいという願望でした。

そのエッセイ風プロフィールに少し修正を加えタイトルも変えて、下に再アップしてみたいと思います。

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『ブログ依存症になるのも悪くない』

ひと昔も前の話になるが、ブログ仲間からこう言われたことがある。

「ブログを書くことがストレス解消になるとは羨ましい。私はしょっちゅうストレスを感じてますけどね」

聞くと彼のブログ運営の目的は小遣い稼ぎだという。そりゃストレスも溜まるだろう。

私には小遣い銭は入ってこない。その代わりブログを書くことによって消えてってくれるものがある。心の中に埃のように薄っすら積もっている蟠りや不満が消滅してくれるのだ。ここではそれをストレスと呼ぶことにしよう。

と言っても誤解しないでほしい。何でもいいからブログに書きさえすればストレスが解消するのかというと、そこまでは甘くない。(^^; 

私の趣味の一つにユーモアがある。ブログのユーモア記事も軽い笑いを誘いながら、どこかで普遍的な課題が伝えられるように計算しながら書いている(つもり)。この捻りだす作業工程が有頂天にさせてもらえるほどまた愉しいのだ。

かと言って夢中になり過ぎて自分自身をもユーモアの笑いの中に放り込んでしまうと、たいていは失敗する。読み手を白けさせてしまうからだ。読み手にクスッと笑ってもらうには、書き手の私は一歩も二歩も引いて有頂天を味わわなければいけない。

これが得意な人というのは、例えば歌うのが上手な人や絵を描くのが巧い人、速く走れる人と同じように遺伝によるものだと私は考えている。私のユーモア好きも母親から譲り受けたものであって、決して私が努力を積んで獲得したものではない。

ただ私の場合はユーモアと言っても与太話しなどの軽石系に限られている。ブラックユーモアのような重石系は、私の軽い頭からは出てこない。

いずれにしても軽いユーモアの流れでブログを書いていると、日常のモヤモヤが溶け始めて、それにとって代わって出てくるのがドーパミンである。

そう、「快感系」とも「報酬系」とも呼ばれるあのホルモンだ。私がブログをやめられない理由もここにあるような気がする。基本的にはアルコール依存症や薬物依存症と同じなのではないかという気もしないでもないのだが、しかし、ユーモア系のエッセイは読んでくれた人を不幸に陥れるようなことはない。それどころかドーパミンのおすそ分けだってできる(笑)。

本人の私も多大なブログの恩恵を受けていて、デメリットよりもメリットの方が信じられないくらい大きい。そもそも、誰にも忖度することも誰にも気を遣うこともなく、しかも好きなテーマで好きな時間に好きなだけ書けて、ストレスまで消してもらえるのだ。その上、ブログサービス様(^^; にそれを、この地球上のあらゆる方向に発信してもらえる。

これだけのメリットをタダで享受できるって夢のような話じゃない? 依存症になるのも決して悪い選択肢ではないだろう。

たとえ訪れる人が0人になったとしても、体調や環境が許す限り「ブログ依存症」に支えられながら、私は残りの人生を出来るだけ笑って過ごしたいと考えている。

 

(過去記事は以上です)

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「誤解」の結論

そうなんですよね。私が「気になる」のは星の数ではなく、思いついたことがエッセイのネタになるかどうか、そのネタを捌(さば)くプロセスで私が愉しめるかどうかなんですよね。

ちょっとカッコつけて言わせてもらえば、星の数が多いか少ないかを超越したところで私はブログを愉しむことのできる「自己充足型」の人間なんだと思います。(^^; 

(注釈:「自己充足」は「自己満足」とは違います。後者に留まる在り方は、私のようなタイプの人間には合いません。)

じゃ何で「はてな星のタッチ」に参加しているの?と疑問に思う方もいらっしゃるでしょうが、これにはまた別の深い理由(わけ)があるのです(笑)。いつかそれをエッセイにして愉しむことができればいいなと考えています。

 

長くなってしまいました。申し訳ありません。

ここまで読んでくださった方へ「照れ屋のぶどう☟」をひと房 ご馳走させていただきます。(^^;;;

 

 

 

 

【業務連絡(???)】です(笑)

(こちらのアジサイは初夏から秋に至るまで、ずっと咲き誇っています。ご近所さんの庭にて 2021/08/23撮影)

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C様からいただいたコメントをブログの俎上に載せてみたいと思い立って既に2週間以上が過ぎてしまいました。なのに未だに書けていません。(--;

810日あたりまでの熱波の影響(一種の熱中症)は取るに足りない微々たるものだったのですが、その微々たる影響が、湖の水面に投げた小石が描く波紋のようにジワジワと体中に広がって行き‥‥、そうなんですよね、体調を崩してしまいました。せっかく天から恵みの冷却装置が降りてきてくれたというのに……。

ところが今度は、スイスの気温降下の反動が日本に行ってしまったようですね。先ほどニュースをチェックした際に、広島の或る地方では39度にもなったという数字が目に入りました。

私が自分の頭の中だけで、ここ数十年の間にとってきたデータ集計に過ぎないのですが(要するに「私の記憶」)、これまでは日本のお天気とこちらのお天気の流れが対照的になる確率が実に多かったのです。もちろん100%ではありませんけれど、例えば日本で豪雨が続けばスイスでは干ばつ、日本で気温が低下すると、スイスでは猛暑が続くという具合に‥‥。

ちなみにこちらの今日の最高気温は、23度あたりまでで止まってくれると思います。今朝の9時の気温は14度でした。

高原のように爽やかなお天気が続くうちに、何としても体調を取り戻さなければと思っています。複数の疾患を抱え込んでいる私ですが、希望を背中にしょって、村の中でリハビリトレーニングを実践してみようとがんばっているところです。 

C様、コメント欄で約束しました件は、もう少しお時間をください。

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あと、モー少しで青リンゴがゲットできるよ。

がんばれ、モーさん、モーひと息だ!

 

 

 

 

おめでとう🍏

 

 

カラカラの「おらが村」に 明日は天然クーラーと恵みの雨が !!!

    

6月に熱波にさらされた「おらが村」も自然の冷却装置が働いてくれたおかげで、その後10日ほどはしのぎやすい日々が続いた。この流れで平年の夏の暑さに落ち着いてくれるかなと期待したのだけれど、甘かったですね。

日本では千葉県などで記録的なゲリラ豪雨に見舞われ、一方、ここ欧州の中央大陸では第2弾の熱波将軍が1か月あまり居座り、ライン川もドナウ川もボーデン湖も干上がってしまったところが現れた。ライン川からは第二次大戦中に沈没した戦闘船まで出てきたらしい。

 

緑が生い茂り海抜600mという高原にある私の村でも先週の金曜日には、38.4度まで行ってしまった。大地も家々の壁も6月の第一波の時よりも熱くなっているので、同じ38度でも体感温度が違ってくる。

でも改めて言っておきたいのだけれど、初夏から9月の初旬あたりまで長期にわたって熱波に居座られた2003年よりは、私にはマシだったように思える。

 

被害に遭われた千葉県などの人たちには本当に申し訳ないのですが、叫ばせて下さい。

明日の月曜日には気温が一気に22度まで落ちて、あ~、「おらが村」にも雨がぁ! 

もちろん、我々にとっては恵みの雨ということになります。

 

先週はパソコンに向かっていると、熱中症のような症状が現れて、窓の外の風景がゆらぎ始めたりした。そのため、スミマセン、コメント欄でお約束した課題は延期させてもらうことに。 気温が体温よりも上がると、ストーブにかけたヤカンのように私の頭も沸騰し始めるので、何を書き出すか分かったもんじゃありませんから。(^^;

 

 

 

 

旧友から届いた 「ビンタ」メール

(「また何ごとだい?!」)

夕食の準備に入る前に大急ぎでPCを立ち上げた。「待ち」状態にあったメールが届いているかどうかをチェックしたかったからだ。

ところが目に飛び込んできたのは「緊急」と書かれた別件メール。送り主は東京在住の旧い友人である。

また何ごとだい?

メールには前書き抜きで いきなり本文が現れた。 

「今日のあなたのブログ、全体的に日本語がおかしいよ。崩れてる。一度 目をあけて読み返してみて! じゃ おやすみ」

時差の関係で日本ではもうミッドナイトに入っている。

夕食の支度もそっちのけで私は指摘された記事に突進した。

うっ、本当だ!

書き上げた後、一度読み返してチェックしてみたつもりだったのに、頭があっちに飛んでいたんだろう。惚れ惚れするくらいお見事なブロークン日本語が鎮座している。

しかし思い返してみれば、こういう失態は私の場合、何も昨日今日に始まったことではないのだ。

時間がない時には、書きっぱなしの素っぴんで公開手続きをとってしまうことだってある。書きあげたら出来るだけ早く公開してしまわないと、借金を抱えこむような気分になって落ち着かないのだ。(^^;

 

昔々その昔、小遣い稼ぎ程度の報酬でメディアで書かせてもらっていたことがある。当時は、原稿を書き上げたらまず最初に編集者が目を通してくれた。タイトル付けも編集者にお任せだ(さすがにプロだね。内容からエキスをぎゅっと絞り出して付けるタイトルの巧さには何度も唸った)。次に編集者のボスである「デスク」が一読して、不適切なところがあったら担当の編集者を通して指摘してくれる。

 

それがどうだ。この個人遊業のブログとなると、何もかも全てを丸ごと一人でこなさなければいけない。

例えば、先ずブログの原稿を書く作者としての私がいる。が、書き上げてホッとするわけにはいかない。今度は編集者に早変わりして、内容や文章を藪睨みでチェックし、次に読み手の目を惹きつけるようなタイトルを考え出さなければいけない。私はこれが得意じゃないのだ。本文からエキスを抽出しようにもカスしか出てこないことの方が多い。さて編集者の次には原稿を特殊なアンテナで一読できる編集者の上司に変身しなければいけない。

あっ、まだある。集客だ。そうそう、営業部の社員の役もこなさなければいけない。私はタイトル付け以上にこの「集客」が大の苦手。苦手な分野からは出来るだけ距離を置きたいと思うのが人情。だからいつまで経っても進化できない。

 

こうして一つ一つブロガーの役割を並べていて、あたしゃハッとさせられたことがある。

ブログの原稿を書いて、次にそれを2重にチェックして、それが終わったら、蝶かミツバチになって集客のために「はてなブログ」の広大なお花畑をあちこち飛びまわらなければいけないわけだが、優秀なブロガーになろうと思ったら、(大げさなもの言いが許されるなら)オールマイティーな能力が必須になってくることに気が付いた。

凄いことだね!(^^; けれど、不器用な私にはどう見ても敷居が高すぎる。

それならば、オールマイティじゃなくても構わないから、せめて私の好きな書くことにだけは、もう少し神経をつかってもいいのじゃないか?

愛のこもった彼女からのビンタメールをもらって、私は心からそう反省したのだった。

Sちゃん、必要あらば、またビンタを送ってちょうだい。愛があれば往復ビンタだって痛くないよ。喜んでお受けします(笑)。

 

持つべきものは、やっぱり気の置けない友だね。

 



スイスの正式な国名は(舌を噛まないで)【Confoederatio Helvetica】(^^;

今日8月1日はスイスの建国記念日です。735回目の誕生日を迎えました。

スイスはこんなに美しいところで産声を上げたのです

2013年に撮影した古い写真なので 画質が悪くてごめんなさい

 

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ハプスブルク家の圧政に反発して農民らが立ち上がり、Uri(ウーリ)Schwyz(シュヴィーツ)、Unterwalden(ウンターヴァルデン)という中央スイスに位置する3つの原州が同盟を結んだことがスイスの始まりでした。

このブログでも既に2回も写真付きで記事にしたことがありますが、我々夫婦が毎年初夏になると息抜きのために出かけて行って船旅を楽しむ、あの湖の辺りがスイス発祥の地です。

スイスと何らかの接点を持っている方ならご存じだと思いますが、スイスの正式の国名(連邦名)は「Confoederatio Helvetica」と言います。ドイツ語では上記の原州のうちの一つ、シュヴィーツ州を語源として、国名をシュヴァイツと呼んでいます。我々日本人に馴染みのあるスイス」という呼称は正式にはつかいません。(^^;

さて、当時3州が同盟を結ぶと、それに加わる州が他の言語圏でも増えてきました。そんな事情からドイツ語でもフランス語でもイタリア語でもロマンシュ語でもない、ラテン語が国(連邦)名として採用されることになったのです。

えっ、ご存じなかった?! 私も知りませんでした(笑)。夫と知り合うまでは「スイス」という国名以外の呼び名があろうとは、夢にも思いませんでした。それどころか大統領の名前も首都がどの州なのかも知らない(スイスに対しては)無知人間だったのです。(^^;;; 

ところが、どっこい。スイスという国は腰を据えて暮らせば暮らすほど、よい意味でもその逆でも想像以上に奥の深い国だということに気付きました。その深さに時として眩暈さえ感じるほどです。(^^; ここではその詳細には触れません。

スイスの正式な略称はConfoederatio Helveticaの頭文字をとって「CH」と記されます。日本ではスイスのお金は「スイスフラン」と呼んでますけれど、正式には「CHF」。それから、スイスのメールアドレスなどの最後の国コードの略称も「CH」です。

一度日本で私のメールアドレスを教えた人から、CHのことを「チャンネルって国があるんですか?」と笑い話のような疑問を投げかけられたことがあります。スイスでは「CH」は「チャンネル」の略文字ではありません(笑)。

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上の写真は中央スイスの3つの原州が同盟を結んだ由緒ある場所「リュートゥリー」。

下の3枚の写真は2018年8月1日の建国記念日にチューリヒ市内にて撮影

              

 

          

             

 

 

 

見知らぬ人にジ~と見られてムッとするのは 我々日本人だけではなかった

(曇り空の下、故郷のリゾートホテルにて療養中に撮影

(野生のニホンザル日本で撮影)

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G目線ぎらい」が日本人に特有な心理現象であることを私が知ったのは、こちらで暮らすようになってからである。

こちらの人は見知らぬ人にジ~とみられても、まったくと言っていいほど動じない。だからその人も「おやっ」と気になる人がいればお構いなく(それこそ穴があくほど)ジ~とみつめる。

電車やバスの中でこれまで私は、何度このG目線を射られてムッとさせられたことか。(^^; 特に日本人がまだ珍しい1980年代あたりは、しょっちゅうG目線を飛ばされた。そのたびに帰宅して夫にそのイライラをぶつけたりしたのだが、彼からはいつもお決まりの文句をオウム返しされるだけだった。

「きみは誰かに見られて、何か不都合なことでもあるのかい? ないなら見させておけばいいじゃないか」

そんなわけで見知らぬ人にジ~と見られて不愉快に思う「G(ジ~)目線ぎらい」が、日本人に特有な心理現象(引いては社会現象)であることを学習したのは日本を離れてからだった。

ところが、我々だけではなかったのだ。「G目線ぎらい」の仲間がいたのだ。

それを教えてくれたのが京都大学霊長類研究所の松沢教授の著書『想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間の心』(岩波書店)というタイトルの本だった。

チンパンジーを研究することになった松沢教授が、チンパンジーの「アイ」と初めて対面したとき、アイの目をジッと見つめるとアイも彼の目をまっすぐに見つめ返してくれたという。これには松沢教授もかなり驚いたようだ。

というのも、それまでニホンザルの研究を専門にしていた教授は長年の経験から、サルが他者と向き合うときには目線を合わせることなど、まずないと知っていたからだ。

誰かが間近でニホンザルの目をG目線で見つめたとすると、そのニホンザルは逃げだすか、或いは怒るかのどちらかしかないという。

教授はこう言い切る。「サルにとって『見る』というのは、『ガンを飛ばす』という意味しかない」。

(「ガンを飛ばす」の意味が曖昧だった私は、ここで検索にかけてみた。AIの回答は⇒)【「ガンを飛ばす」とは…(略)‥‥主に喧嘩を売る際や、相手を威嚇する目的で使われるスラング(俗語)です。】

 興味深いテーマだと思う。だがしかし、一方ではイヤな疑問も湧いてくる。じっと見つめられる行為を不快なこととして受けとめる日本人の心理現象は、遥か昔の猿人時代の名残りの一部だという風にも受け取れるからだ。

もちろん、日本人とサルのそれとでは意味に差がある。ポジにしろネガにしろ、我々は興味を惹かれるからG目線モードになるのであって、決して「ガンを飛ばしている」わけではない。(^^;;;;; 

いや待て待て。もしかするとジーと見られて「ガンを飛ばされた」と受け取る人もいるかもしれない。そうだとすると彼らは、今もなお遥か昔の旧い時代の心を引きずったままで暮らしているのだろうか?

 

夫はこちらの人なので日本では困る。少し風変わりな人物が目に入ったりすると、しっかりG目線で見ているからだ。日本へ行った時、そのG目線を送った相手がそれなりの相手なら、因縁をつけられる恐れもある。それを避けるためにも私は、出発前にくどいほど彼を脅すことにしている。

「日本では知らない人を絶対にG目線で見ないでちょうだいよ。最悪の場合、あなたは無傷じゃスイスに戻れなくなるからね!」

 

さて、テーマを一度軌道に戻して、そろそろこの記事を閉めることにしよう。

教授によれば、我々とチンパンジーとのゲノム差は1.2パーセントしかないが、サルとでは6.5パーセントもの違いがあるらしい。

それと、もう一つ。チンパンジーは動物分類学上でも法律上でも「ヒト科」に属するが、サルは「サル科」でしかないのだとか‥‥。

知らなかったなぁ。私は十把一絡げにチンパンジーもニホンザルも「サル科」に入れていたのだが。(^^;

 

        

       (野生のニホンザル/日本で撮影)

 

(故郷のリゾートホテルにて)

 

 

 

(2)ホテル選びの落とし穴に足を取られる in 東京

本題に入る前に、旅のご報告なんぞを ホンの少々(笑)。

中央スイスの湖で蒸気遊覧船にゆられながら「息抜き」をすることが我が家の夏のイベントの一つになっている。今年も先週の週末に船上で6時間ほどを過ごしてきた。

湖水の色がいつもの夏よりも鮮やかなエメラルドグリーンに輝いていて、その美しさに(息抜きに来た筈なのに)何度も息をのんだ(笑)。

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【7月16日追記】

湖の色を決める要因。以下はAIの回答です。

青色(透明度が高い場合): 水分子は赤い光を吸収しやすく、青い光を散乱させる性質があります。不純物が少なく透明度が高い湖(例:北海道の青い池など)は、深い水深で赤い光が吸収され、青色が残るため澄んだ青に見えます。

緑色(植物プランクトンなど): 湖水に浮遊する植物プランクトン(アオコなど)に含まれるクロロフィル(葉緑素)が太陽光の赤い光や青い光を吸収し、緑色を反射するため緑色に見えます。

エメラルドグリーン(微細な鉱物): 上流から流れ込んだ花崗岩や火山性の硫黄などの微粒子(コロイド)が含まれる場合、光が反射・散乱して美しいエメラルドグリーンに見えます。

ピンク色(微生物や藻類): 湖の塩分濃度が非常に高い場合、特定の藻類やバクテリアが異常繁殖することでピンク色に変色することがあります。

茶色・赤褐色(泥や腐食質): 周辺の土壌や泥が流れ込んだり、有機物(腐植質)が溶け込んでいたりすると濁った茶褐色になります。

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ボイラーで高圧の蒸気を作ってその力で4つの巨大なピストンを動かす迫力あるシーン。これを我々船客は、すぐ傍で見ることができる。 但し、先日撮った写真はまずい出来になっていたので、ピンチヒッターとして過去に撮影した写真に登場してもらうことにした。

下の写真。船体の両側にある水車のような外輪に蒸気を吹きかけて高速で回転させ、船を前進させたりバックさせたりするらしい(案内書にそう書かれてあった(^^;) 

上の写真では向こう正面ガラス越しに見える赤い色が外輪‥‥なんだけど、先日は澄んだエメラルドグリーンの水の色を狙ったので、デッカイ車輪は写っていない。

      

 

        

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旅の報告、おわり(^^;

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さて、今日はやっとのことで『(1)ホテル選びの落とし穴 in 東京』の続き『(2)』に集中できそうだ。(^^;;;

「地下鉄の落とし穴」の体験を雑記ふうにまとめてブログネタにしようと決めたのは、東京に馴染みのない人が東京の宿泊先を決める際の参考にしていただければという思いからだった。

(jetstreamさんのコメントより引用⇒)【東京の地下鉄の駅は長いし階段もある。】

ほぼ正解です。ですが、あの乗り換え移動のキョリは、これまでに経験したことのない長さでしたから堪えました。

健康体だけど運動不足ぎみという通勤者にはトレーニング場として利用できるかもしれませんが、私のように体が半分不自由で持病のある人間には向きません。それよりも、地下のあの息苦しい空気の中をあっちへ行ったりこっちへ来たり上がったり下ったりするだけで、体よりも先に気持ちがひしゃげてしまいます。(^^;

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『(2)ホテル選びの落とし穴に足を取られる in 東京』

私が利用することになったあの地下鉄の駅には全てエスカレーターが設置されてあったし、エレベータもあったので、「何とかなるだろう」と軽く受け取ったのが災いした。

私が目指す地下鉄のホームに至るまでの道程を紹介する前に、ホテル周辺の環境に付いてひとこと(で済むわけがないだろうなW)書かせて下さい

まず困ったのは、あのホテルの周辺にはお店はもちろん、レストランもカフェも見当たらないことだった。あの一帯の「静寂」は「庶民には不便この上ない」と抱き合わせになっていたことに迂闊にも私は後になって気が付いたのだった。

そりゃ、人にドヤドヤ行き来されたり酔っ払いにウロウロされたりしては困る町だということは理解できるのだが、それにしてもである。いくら特別な町とは言え、あの大都会東京のほぼ中心にあたる町にレストランもカフェもない「ゼロ地帯」が存在し、そこに大衆ホテルがあること自体、私には予測不可能だった。

それならホテル内のレストランを利用すればいいじゃない?と思われるかもしれないが、もちろんレストランはあるにはある。あるのだけれど、宿泊客に朝食を提供した後は昼食時も夕食時もドアは閉ざされたままなのだ。500室近くを抱える大型ホテルなら複数のレストランがあってもおかしくないはずなのに、たった一つしかないそのレストランでさえ利用できないときた。

このホテルの宿泊客の(私の目から見て)7割以上が海外からの旅行者だった。それも大半が欧米からの客とおぼしき人たち。日本人であっても商用でこの街を訪れる人を除けば、旅行者らしき人は殆ど見かけなかった。旅行者でリピーターになりたいと思う人は(多分)いないだろう。 

旅行でも1泊くらいならどうか? 私たち夫婦はそれもお勧めしない。設備が古いせいか水回りが非常に悪くて洗面、入浴時の不快感は決して小さくなかった。その上、交換してもらったベッドシーツ&カバーに清潔感を抱けなかったこともお勧めしたくない理由だ。

ただし、フロントやバックオフィスで働く人たちが、とっても気持ちよく対応してくれたことだけはハッキリお伝えしておきたい。それだけに実は、ホテル名をブログに書こうか書くまいかで迷いに迷った。

しかし、それとこれとを一緒クタにしない方がいいんじゃない?と、私の内なる声に背中を押されてホテル名を明かすことに決めた。【アパホテル・プライド・国会議事堂前】。「プライド」という名称からして、ここは経営者にとって思い入れのあるホテルに違いない。私には初めて利用するホテルだっただけに、それならば設備も悪くないに違いない、と飛躍的に解釈してしまったのも失敗の一因だったと反省。

 

さてさてそんなわけで、初日の午前中には夫と東京駅まで地下鉄で食料の買い出しに行くことになった。

確かにホテルから歩いてホンの数分で地下鉄の入り口(下の写真)に到着した。

 

 この駅には複数の路線が入っていることは事前にインターネットで学習していた。私が利用する路線は「丸の内線」だが、これは東京駅に向かうにもクリニックに通うにも私の縄張り地域(独身時代に暮らしていたのは中央沿線街の阿佐ヶ谷、荻窪など)を訪ねるにも、これ1本で済むから私にはとても便利に思えた。

上の写真の入口を入ってすぐのところに一つ目のエスカレーター(下の写真)。これで地下1階へ。 

B1に降りて10mほど歩くと今度は地下2階に下るエスカレーターが待っていた。 

地下2階に降りると自動ドアがあり、まっすぐ進むと別の路線に行ってしまうので、その手前で左手に折れる。奥に切符販売機が。

下の写真の自動改札を通り抜けると、写真の右上にエスカレーターが見えるが、それに乗って上へ

下りると今度は地下道を歩く。

下りのエスカレーターが待っている。

今度は上りのエスカレーター。

上ると下りのエスカレーターが(笑)。

エスカレーターからホームが視界に入る。だが、待った!これは「千代田線」なのだ。「丸の内線」に行くにはこの千代田線のホームを端から端まで突っ切らなければいけない(笑)。

上の写真では分かり難いが、ームは緩やかな弧を描きながら遥か向こうまで続いている。かなり歩く。それにホームの横幅が狭いので電車が到着して人が吐き出されると、ぶつかるまいと神経を尖らせなければいけない。ここを通る以外に通路はないの?とぶつくさ言いながらも何とか長いホームを突っ切る。

 

突っ切って右に曲がって、今度は上りのエスカレーターに乗る。

うへー!2階分はありそうな長~いエスカレーターだ。

 

この後、またまたエスカレーターに乗るのだが、この写真はボケ過ぎたのでボツ。

その撮影失敗のエスカレーターを離れると、またエスカレーターだ。

この後、50mほどの地下道を歩く。

 

歩いているとやっと私が目指すホームが見えてきた。「丸の内線」の赤い車体も視界に入ってきた。

 

ホテルを出て表通りを歩いて数分の所にある地下鉄の入り口から「丸の内線」のホームに辿り着くまでをご案内してきたが、私のヨタ歩調では20分では済まなかったように思う。私はドえらいところにホテルを予約したものだ。(^^;;;;; 

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あっ、そうそう、我が家が抱えた問題点を書くのを忘れてました(笑)。

ホテルのチェックインの際に、私が1人で連泊する宿泊料のうち10日分だけを夫がカードで支払ってくれていたのですが、これは失敗。私は夫がスイスに帰った後、ホテルの設備や環境に我慢の限界を迎えました。キャンセルを決めたのですが、返金がきかなくなっていたからです(返金に応じてもらうには、支払った人のカードと領収書が必要)。

私はさらに2週間と少々先までの予約もスイスを出国する前に済ませてあったのですが、それは幸いまだ支払っていませんでしたので、キャンセル処理をしてもらい、長年お世話になっている馴染みのホテルに逃げ込んだのでした。少し高くつきましたけど。

そこに逃げ込むまでの食事や買い物は、(いたかったのですが、背に腹は代えられません)タクシーを利用しました。

 

こうしてあからさまに書いてしまったら、胸につっかえていた蟠りが消えてくれて気持ちがスッキリ爽やかになりました。よかった。

どうぞ皆さんも、路線が何本も入っている都内の地下鉄駅までの「徒歩数分」にはくれぐれもお気を付けください。

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ごちゃごちゃ書き並べ過ぎて読みにくい記事になってしまいました。ごめんなさい。

 

 

スイスの熱波

前回のブログ記事の続編を書きだしたところで、ひょいとマイルのことを思い出した。

そうだ!6月末で期限切れになるANAのマイルがあったっけ。

これをどうにかしようと検索にかけたり規約を読んだりしていたら、時間が束になって次から次へと頭上を飛び去って行った。これまでマイルを使ってプレミアムエコノミーからビジネスクラスへのアップグレードを経験したのは、たったの1度だけ。まったく慣れていない。(^^;;; 

早く早く!さもないと6月が終わってしまうよ。そう自分に発破をかけながら液晶画面と睨めっこ。熱波の襲撃に晒されているのさえ忘れてしまうほど、マイル模索のドツボに嵌りこんでしまった。

ここに来てやっと時間の流れが穏やかになってきた。やっと解決方法に巡り合えたからだ。そのとたんに、別の脳内回線が動き出して熱波を意識し始めたのだ。「そうだ今、欧州は燃えているんだったっけ」(笑)

海抜600メートルほどの高地に位置し緑にいっぱい囲まれている私の村でさえ、例えば土曜日には38度までいった。この熱波でスペイン、ポルトガルの南部はもちろんのこと、フランスやドイツでも40数度をマークしたらしい。

この夏もまだこれからどうなるか私には予測できないが、しかし、私がスイスで体験した最も暑かった夏を挙げるとするなら、やっぱり2003年を置いて他にない。

欧州では最高気温の数字は年々どこかで記録を更新し続けているが、あの2003年は熱波を抱き込んだ高気圧が4か月近くも居座り続けたのだ。建物の壁や大地にしみこんで行く熱波の影響は、数週間続いた熱波で42度を2日記録し、その後自然界の冷却装置が働いて気温が急激に下がるよりも、私は大きいと思うのだ。

あの2003年には、フランスでは1万5千人とか2万2千人とか3万人とか(発表媒体によって数字が違っていた)想像を絶する数の人々がバタバタ熱中症で倒れ亡くなっている。

あの年までは山国スイスでは繰り返し35度を超える日が続くというような異常気象はみられなかったのだが、2003年は40度まで行ってしまった。まだ持病もなく今よりは(あたりまえ)若かった私でさえ、冷凍庫の氷を入れたビニール袋を鼻にあてて買い物に出かけたほど。何か月も居座っていた熱波で空気がぱりぱりに乾燥していて、鼻の周辺を冷やさないことには息をするのがしんどかったのだ

今回のこの熱波は日曜日の夜には移動してくれるという予報がすでに出ていたので、それほど心配していなかった。5月末に始まった熱波の前触れが、9月まで断続的に続いた2003年よりもまだ大地の奥深くにまで熱が染み込んでいないように思えるからだ。

案の定、夕べの雷雨でうちの村では35度から23度まで急降下してくれた。(^^)

あ~、恵みの雨🎵

あっ、そうそう。それまでゼロだったスイスのバスやトラム、列車などの公共交通機関に冷房が設置されるようになったのは、あの2003年以来であることを付け加えておきたい。 扇風機のある家さえなかった。電気屋にはお飾り程度に置かれてあった扇風機はあの年には、あっという間に完売。私も2軒の電気屋に駆け込んだのだが店員は無言で首をすくめるばかり。

扇風機なしで熱波に抱きつかれたままの数か月の体験は、今でも私の記憶装置から抜け出してくれない。ちなみに日本では、あの年は扇風機すら必要のない冷夏だった。日本在住の友達に「うちの扇風機、送ってあげたい!」と同情されたものである。

 

さて、梅雨が明けたらこの夏の日本はどうなるんだろう?

もし熱波の襲撃に遭ったら、どうぞ何かに熱中してください!(^^;;;;;;; 

 

 

 

1)ホテル選びの落とし穴 in 東京

「おのぼりさん」の夫が一人で物見遊山に出かけて行って 私のコンデジで撮影した1枚)

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今年の一時帰国の準備に取り掛かったのは、出発の5か月半も前の11月中旬のことだった。

一時帰国の目的の一つに、今回が最後になるであろう両親の墓参りも含まれていたが、この田舎の方のイベントはつつがなく執り行われたので、こっちに置いとくことに。 

 

 

 

    

                 

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で、問題が起きたのは東京滞在時。東京のホテル選びには多くの時間を割いてきたはずだったのに、しくじってしまった。予想しなかった大都会の落とし穴に足を取られてしまったのである。

スイス暮らし45年余りになる私には馴染みのホテル、いわゆる常宿にしているホテルが東京には2軒ある。だが今回は私より一足先にスイスへ帰国する夫も東京に数日間滞在する予定を立てていたので、環境面で彼に納得してもらえそうなホテルをインターネットで探すことになった。

スイス人の例に漏れず夫も静かな環境を好む人だ。東京は世界でワースト3にランクインされるほどの騒音付き大都会。彼に失望されたくない思いで、「どや、東京にもこんなに騒音とは無縁な場所があるんやで」の鼻息で私は検索を始めた。

多くの交通機関が網羅されてある東京の中心地を候補にしたかった。というのも限られた時間内で彼が単独で物見遊山するには、いくら静かな環境と言っても郊外じゃ時間がかかり過ぎる。

「静かなホテル」の次の条件は、裕福とは言えない我々年金生活者夫婦に合ったリーズナブルな宿泊料金であること。彼が帰国した後も私が1人で約4週間連泊しクリニック通いをすることになっていたので、安いホテルであっても合計すると目が回りそうな金額になる。

リーズナブルな料金の他に(欲張って)掃除の行き届いた清潔な部屋であることも条件に入れたかった。湿気の多い日本ではどうしても空気が淀みがち。それがカビが発生する前の臭いの温床になっていたりするのだが、このちょっとした臭いにでも、乾燥したスイスから来ると慣れるまでに時間がかかる。

それからもう一つ。ホテルから最寄りの駅まで歩いて数分以内で辿り着けること。これは、坐骨神経痛&腰痛を友にしてしまった上に、最近ご機嫌斜めの心臓を抱え込んでいる私にとっては、外すことのできない必須条件である。

あーでもないこーでもないと、あちこちのホテルに予約と問い合わせメールをしたり、キャンセルしたり、また予約を入れたりなどの作業を繰り返しているうちに、東京のホテルを確定するという単純な作業一つに6週間以上もかかってしまった。

その結果、何とか妥協できそうなホテルを一つみつけた。東京都千代田区永田町の一角にある庶民向けのホテルである。

ご存じのように千代田区永田町は、東京のほぼ中央に位置する政府機関が林立する町。国を良くするため国民を幸せにするために努力を惜しまない先生方が働いてらっしゃる(皮肉に決まってます^^;) 有名な町である。

一つ目の条件「静かな環境」は私の予想が的中した。否、的中を突き抜けていたかもしれない。東京のド真ん中に、あんなにも静かな一角があったとは知らなかった。

それにしても、あの静けさは何なんだ?! ホテルの前は路地裏ではなく片側1車線の車道になっている。ところが、夜も更けるにつれて車が見事に消えてしまうのだ。まるで空気が流れる音しか聞こえてこないような異様な静寂に包まれる。まさに東京の「真空地帯」と化す。

それはいいとして、問題となったのはホテルから最寄りの駅までの時間。インターネットのホテルのホームページには、地下鉄の駅から歩いて2分と案内されてある。私はこれをそのまま単純に受け入れたのだが、実は、これが落とし穴だったのだ。

しかし私はここでホテル側をひとこと弁護しておきたい。これは決してホテルが嘘をついているわけではないのだ。「ホテルから最寄りの地下鉄の駅まで2~3分」のホテルのうたい文句は間違ってはいない。

にもかかわらず、私は宿泊期間中ずっと艱難辛苦の道を歩かされることになったのである。

(この続きは『2)ホテル選びの落とし穴に足を取られる』と題して、また後日に)

 

(撮影者は夫 新宿御苑にて)

 

 

「おらが村」の春 4月24日の風景

(お知らせ)暫くはブログ訪問もはてなのキャッチボールもお休みします。但しその間にも健康状態が晴れの日には(^^; 欲張って時々ブログ更新も楽しみたいと考えております。

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おらが村」の春 4月24日の風景】 

(すべてウオーキング中に簡易コンパクトデジカメで撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          

 

 

 

(ここまでの写真は2018/04/24撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここまでは2019/04/24撮影)

 

 

 

 

 

 

(最後の2枚は2021/04/24撮影)

 

それにしても私はこれまでの人生で、何度「4月24日」という日を経験してきたことだろう。ふたつと同じ4月24日はなかったけれど。(^^;;

 

青い静寂

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               【青い静寂】

 

9月初旬、私は「ひとり旅」に出た。

朝まだきのこの時間に この湖畔でバスを降りたのは 私だけだった。

静かな旅がしたかったので 各州の子どもたちの夏休みが終わるのを待って9月を選んだのだが、それにしても静かすぎた。

真空の中に浮かんでいるような気分にさえなった。

周りを見渡しても人の姿はもちろんのこと、気配すら感じられなかった。

 

しばらく湖岸のベンチに座って 青い静寂に身を委ねていると、どこからともなく一艘の小舟が 湖面を滑るように現れた。

飛び跳ねる胸の鼓動を宥めながら、私は息を圧し殺してシャッターを押した。

 

 

ソロで旅したあの日から11年が過ぎたが、今でもこの日の記憶の色彩は青いままだ。

多分、これから何十年という月日が流れても セピア色にはならないだろう。

 

(2015年の9月初旬 クレンターラー湖畔にて撮影)

 

 

歳をごまかすことが出来れば テロメア(寿命)は伸びる!

(2021/4/23「おらが村」の南側の草原にて撮影)

実年齢よりも若い年齢を自分に信じ込ませればテロメアは伸びる♫というウマい話しに、地球の重力に逆らえないほど動きが悪くなっていた私の腰が、にわかに浮き立った。(^^; 

テロメアとはご存じのように寿命を決定する染色体のことだが、私はこれを「命の回数券」と呼んでいる。

ところでこのテーマに入る前に、私はどうしても触れておきたいことがある。224日に更新した「ホタテ炒め」の記事を覚えて下さっているだろうか? あの記事は次の一文で私は〆(しめ)てしまった。

「お気の毒に‥‥、ホタテ貝はサバをよむことのできない生き物なんだね」

実を言うと‥‥、これはこの日のテーマの前置きに過ぎなかったのだ。(^^; 本題に入るのはここからだったのだが、急に体調が悪くなり尻切れトンボのまま公開せざるを得なくなった。で、本題の方はというと頭の中のゴミ箱に潔く捨てた。

ところが、どっこい。その捨てた筈の「本題」が、ふとした拍子にヌ~っとゴミ箱から顔を突き出して色彩の失せた目で私を見つめるのである。日中ならともかく、深夜になんか出てこられると怖くて睡眠の質がガタ落ちする。

仕方ない。そのあっさり捨てた筈の「本題」のアイディアをゴミ箱から引っ張り出してきて、記事にすることにした‥‥というわけです。(^^;

 

前置きはこのへんにして、その本題に話しを戻します。

 先ずはこの研究結果から。

ロンドン大学が約10万人(平均年齢70歳)を対象に20年間という長期に亘って追跡した調査なのだが、研究者たちをすら驚かせる結果が出たのだ。その驚きの内容とは‥‥。

実年齢が70歳であっても「私はまだ55歳だ」と本気で信じこむことができた人と、「自分はもう70歳だから先は短い」と実際の年齢を意識しながら過ごした人とでは、実際に亡くなる確率が41%も違っていたのである。

複数の基礎疾患を抱えていて、最近その悪化を実感している私なんぞ、事あるごとに家族や友達に「わたし、もう長くないからね」を繰り返してきた。先日も青春時代を一緒に謳歌三昧してきた田舎の友だちに「私、もう3年しか持たないかもよ」と弱音を吐いたばかりだった。何のことはない。これって自分で自分の首を締めあげていたも同然だったのだ。(^^;;;

 

 この「テロメア」研究は過去にも「ノーベル賞級の研究で示唆されて」いたそうだが、そう言われれば思い出した。健康食、質のよい睡眠、運動、それからストレス管理、この4項目がうまくいっている人のテロメアは長くなっているというサイエンスニュースを読んだことがあったけ。

(追記:実際これらの生活習慣が、テロメラーゼ酵素を活性化させ細胞の老化速度を遅らせ、5年でテロメアが10%程度長くなるという研究報告もある。)

なぜ私が「サバ読み」に色めき立ったかというと、上の4項目を実行するよりも体力が少なくて済みそうだったからだ。(^^; 

でもよくよく考えてみると、嘘の年齢(それも1歳や2歳ではない)を自分に信じこませ続ける行為って、結構ハードルが高いんじゃないだろうか。おざなりの信じ方では司令塔の脳が応じてくれそうにないからだ。

このとき私の脳裏に浮かんできたのが新興宗教にのめりこんで行く人たちだ。あれだけの純度(?)で信じ切ることができるというのは、雑念だらけの私からみれば一つの偉大な才能のように思えてくる。ただし、そこには大きな壁が立ちはだかっている。 

新興宗教の教えの場合、信じる人の純度が高ければ高いほど財産の喪失度も、家族や周りの人たちを不幸にする度数も高くなってくる。

それに比べると、偽りの歳を信じ込むという「信仰」にのめりこんだとて、一体誰を不幸にするだろうか。財産を失うこともないし、家族にだって喜んでもらえるだろう(←あなたが家族に疎んじられるほどクチうるさい人でなければの話しだが 笑)

 だが上にも書いた通り、嘘をとことん信じ込むことは決して容易ではない。1回や2回くらいなら自分を騙すことができたとしても、そんなもんではテロメアは微動だにしてくれないだろう。

そこを乗り越えるには何年もにわたって、例えば70歳の人なら毎朝鏡の中の自分に向かって(大きな声で)「私は55歳だ!私はまだまだ若い、これからが私の黄金期だ!」と脳の司令塔を洗脳し続けなければいけない(らしい)。(^^;;;

 

破れかぶれの老木から新しい枝が伸びている(^^♪ (「おらが村」の西側の草原にて2021/4/24撮影)
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身体の不調を吸い取ってもらいに 雪山詣で

 

2月に入ってからはあまり体の調子がよくなかった。

持病の上にのし掛かるように、書類作りのストレスが重なったことが原因だった。。

 

純白の雪にこのストレスを吸い取ってもらおうと、夫に雪山詣でを持ち出してみた。二つ返事でOKしてくれた。3月3日に決行。

 

雪山詣では正解だった。シャーベットのように真っ白に光る山また山の連なりを眺めているだけで、トゲだらけだった心が真綿のようにふかふかになってくれたのだから、やっぱり行ってよかった。(^^♪ 

夫に感謝しなくっちゃ。

 

少し体が不自由になっている私を抱きかかえるようにして、純白の風景の中に連れ出してくれた夫さん、本当に有難う。

 

 

 

 

(ボカシを入れる代わりに逆光に手を加えずに(笑)。海抜3000m弱にあるレストランにて)

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(雪を掌ですくい上げても、ぜんぜん濡れないパウダーのような雪。

今日の写真はすべて2026/03/03撮影)

 

超簡単レシピなのに 舌も歯もとろけさせてくれるホタテ炒め

(チューリヒ市内にある大手スーパーの食料品売り場の一角

スーパーで夫と買い物をしていて特売コーナーに差し掛かった時、ホタテ貝に目線を落としている彼に気が付いた。「今夜はホタテ貝にしますかね?」と促すように訊くと、案の定、即座にOKサインが返ってきた。

冷凍庫には数日前に炊いた(西洋)ライスの残りもあることだし、そのライスに卵を落として、これまた夕べの残り物のブロッコリーを入れてひと煮すればそれで済む。そこにミックスサラダの大盛りを付け合わせれば、もうりっばな栄養食だ。(^^;

よっしゃ、今夜はホタテ炒めでいこう

夫は生まれも育ちも山国なので海の幸はあまり好きではないが、味にクセのない白身の魚やタコ、それにホタテ貝なら喜んで食べてくれる。

私もこれまでホタテ炒めをリクエストされるたびにホイホイ上機嫌モードで応えてきたものだ。手間暇がかからない超簡単レシピであるにもかかわらず、舌も歯もとろけさせるほどの美味を堪能させてくれるからだ。

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《大き目のホタテ貝8~9個》
バター 10グラム
油 小さじ1(うちはオリーブ油を使用しているが、比較的熱に強いと言われるオリーブ油であっても140度を超えると体に優しいオイルではなくなるようだ)
醤油 小さじ2
にんにく 1片
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ホタテ貝には塩&胡椒を振りかけておく。
うちでは夫も私もニンニク大好き派なので、隠し味というよりも1片の塊を潰したニンニクを油でサッと炒めてホタテ貝にからませて焼く(ただし、ニンニクが効きすぎると不味くなる)。

こんがり色がついたら、さらにそこへバターと醤油をいれてホタテ貝によくなじませながらサッと焼く。これだけ!

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我が家ではホタテ炒めにはいつもオーガニックの西洋全粒米を組み合わせる。西洋式は、大皿1枚に何もかも盛り付けられるので私のような無精者には)便利この上ない(笑)。日本のホカホカご飯にもよく合う一品だと思うので、お試しあれ。

 

 

調理が簡単であるだけに、微妙な匙加減や加えるタイミングによって、ホタテの旨味が出せないときもあったことを白状しておきます。

 

【蛇足】

ホタテの貝殻には横線が入っているが、あれは1年毎に線が増えていく年輪のようなものらしい。

お気の毒に‥‥、ホタテ貝はサバをよむことのできない生き物なんだね。(^^;